株式会社ネストハウス 堀川 竜さん
転職活動で知った地元の新たな魅力
二十歳を過ぎた頃、地元岩国を飛び出した堀川竜さん。上京して20年間務めたアパレル会社を辞めて転職先として選んだのは、実家から近い由宇の住宅会社でした。
2023年4月、妻の春菜さんと二人の、新たな岩国暮らしが始まりました。
自分探しの始まり
堀川竜さんは岩国市の生まれ。高校を卒業し、地元の建設会社に就職したものの、「このままでいいのかな? 自分が好きなことをやれているのかな?」と自問するようになりました。
堀川さんのご実家は建設業を営んでいます。お兄さんと一緒に家業を継ぐべく、高校生の頃から建設関係の資格試験に挑戦し、取得した資格は15個ほど。クレーンなどの重機も扱えます。けれど、これは親が敷いたレール?
自分のやりたいことは建設ではないかもしれないと思った堀川さんは、「東京」と「服飾」だけをキーワードに上京しました。堀川さんが21歳のときのことです。
アパレルの最前線で
東京のアパレル会社に就職し、販売の仕事を始めた堀川さん。全国に300もの店舗を展開する老舗ブランドでの仕事は面白く、日々の仕事に情熱を注いでいました。順調にステップアップし、本店マネージャーとして店全体を任されるまでに。
現場の最前線で長年活躍していた堀川さんですが、コロナ禍をきっかけにWeb事業部に異動します。コロナ禍で対面での販売が難しくなり、新しい販売の形を模索したいとWeb事業部への異動を自ら打診した堀川さんでしたが……
「パソコンと向き合っていると、気づけば夜の10時11時になってしまう。毎日がパソコンに乗っ取られているような感じがしました」
明るく生き生きと働いていた頃の堀川さんの表情は、だんだんと曇っていきました。
「元気ないね」
そんな堀川さんの変化にいち早く気づいたのは、妻の春菜さんでした。
春菜さんも元々はアパレルの販売員。同じ百貨店の同じフロアで働いていたこともありました。
「お店で生き生きと働く姿を知っていましたから、Web事業部に行ってからは明らかに覇気がなくて。向いていなかったんですね」
堀川さん自身も長くは続けられないと判断し、地元へのUターンも視野に入れて転職活動を始めます。
岩国には面白い人がいる!
ある日、堀川さんは有楽町のふるさと回帰支援センターで、Uターン移住について相談してみました。そのとき窓口の担当者が「面白い人が、いますよ」と教えてくれたのは、由宇にある住宅会社ネストハウスのことでした。
「調べてみたら実家にも近くて。見学に行って、岩国にこんなところがあるのか!と衝撃を受けました」
その後、求人に応募。会長&社長との面接では「奥様も一緒にどうぞ」と言われて、まさかの春菜さん同席という初めての体験。「面接の途中で会長が『一緒にやろう』と言って握手してくれて……」
その場で即採用となりました。2023年4月、堀川さんは晴れて岩国にUターン移住。移住の決め手は「人」でした。
夢を応援したい
堀川さんに、二十数年ぶりの岩国暮らしの感想を聞いてみると……
「景色がいいですね。山もあるし海もある。それに、ごはんが美味しい。東京でも美味しい店に行けば美味しいですが、こっちはベースの食材がいいですね」と嬉しそう。
海の見える景色は、春菜さんにとっても「一番の喜び」とのこと。
「海のない埼玉県出身なので、海には憧れていました。いつでも海が見えて気持ちいいです」
でも、じつは春菜さんには、海外で暮らしたいという夢があるとか。
「岩国には海外の方がたくさんいるので、日本に居ながら海外を感じられるのが良いですね。将来は海外との二拠点生活を考えています。でも今は岩国で夫の夢を応援したいんです。『地元に貢献したい』という夫の夢は、とても素敵だと思います」と微笑みます。
Uターン移住の先輩として
最後に堀川さんから、都会で頑張っている方へのアドバイス。
「今の仕事にやりがいを感じられなかったり、壁にぶち当たったりしたら、地元に帰ることを考えてみるのもいいと思います。いきなり戻ることを決めるのではなくて、まずはちょっと帰って移住者の話を聞いてみる。それから考えればいいと思います」
自分探しのため東京に移った堀川さんは、二十年を経て故郷に戻ってきました。地元に貢献したいという夢を抱え、その夢を応援する妻とともに…。そして、お互いの夢を実現する新たな歩みが始まろうとしています。
株式会社ネストハウス
岩国市由宇町3915番地