岩国市 地域おこし協力隊 木村雄一さん

鉄道が繋ぐ先へ

錦川清流線。通勤、通学、観光と、岩国市内の移動には欠かせない鉄道路線です。
しかし、人口の減少と共にその利用者も減っていき、現在は赤字続き。
そんな窮地を救うためやって来たのが、根っからの鉄道好き、木村雄一さんです。

鉄道好きの木村さん
木村さんは、山口県光市出身。鉄道を好きになったきっかけは、覚えてないと言います。気づけば好きだったとか。
小学校の卒業文集に書いた将来の夢は、国鉄(現:JR)の総裁。高校では写真部で、鉄道写真ばかり撮っていたそうです。鉄道好きは大人になっても変わらず、その後、東京の大学へ進学し、大手出版社に就職。道路地図や観光MAP等の編集を担当し、経験を積んでいきました。

セカンドキャリアを求めて
出版社に勤めて23年、47歳になりました。「人生100年時代、自分にはもっとやりたかったことがあるんじゃないか。始めるなら早い方が良いに決まっている」そう考えた木村さんは、50歳で退職し、新たな挑戦を決意します。
「自分の本当にやりたかったことは何だろう…」模索する中で頭に浮かんだのが、地元の光市でした。少子高齢化で、活気を失いつつある地元の町おこしがしたい。そこで、早速行動を始めます。

東京に勤めながら、光市でイベント開催!?
町おこしを決意した年は、ちょうど実家の最寄駅でもある島田駅(JR西日本・山陽本線)の120周年でした。“これだ!”と思い、120周年記念イベントを企画。地元の知り合いに相談し、東京と光市を往復しながら準備を進めました。
当日、写真展や抽選会など、様々な企画に人が集まり、大盛況でした。この時、地元の人の笑顔と活気づいた駅を見て、街づくりがしたい!と改めて感じたと言います。

突然のお誘い
イベントを機に気持ちが固まり、退職後に街づくり会社の起業を試みますが、なかなか思うように進みません。そこで、少しでも地元に関わる仕事に就こうと、東京の「ふるさと回帰支援センター」で山口県担当の移住相談員として勤めることにしました。
ある時、仕事で出会った人に「岩国で、鉄道を使って地域を盛り上げる『地域おこし協力隊』を募集してるよ。」と声をかけられます。鉄道好きの木村さん、急遽応募を決めました。

地域おこし協力隊に着任!
木村さんの地域おこし協力隊のミッションは、錦川清流線を盛り上げること。終着駅の錦町駅で、日々勤めています。運行を見守り、イベントの企画・開催などなど、業務は多岐に渡ります。
木村さんがここで奮闘するのには、もうひとつの熱い思いがありました。

鉄道廃止に対する思い
近年、地域の過疎化により、ローカル線の赤字が続き、全国的に規模縮小や廃止が進みつつあります。しかし、これは“もったいない”と木村さんは言います。

「ローカル線が無くなると、そこへ訪れることが難しくなります。それは『もう人は来なくていいよ』って言っているようなものです。そもそも交通手段が失われると、そこでの暮らし自体が厳しくなって、都市部への移住を迫られます。そうすると、ますます過疎化が進んで、害獣問題にも悩まされるし、なにより人が生活してきた場所やそこに残る歴史、文化も失われてしまいます。これは日本にとって大きな損失だと思うんです。」


▲清流線おりづるプロジェクトの様子

予想外の地元愛
錦町に来て、約3ヶ月。それは驚きの連続でした。
貸し切り列車で錦町駅から宮島まで行く「初詣列車」、岩国駅から錦町駅までの景色を楽しむ「清流みはらし列車」、実際に列車を走らせる「運転体験」などなど…
イベント目白押しで、どれも定員に達する人気ぶりです。「こんな文化があったんだ!」と驚いたのも束の間。次の驚きが待っていました。それは、錦町の人に根付く地元愛です。

「『We Love 清流線』をスローガンに、地元の方が積極的に活動していて、清流線への思いがとても熱いんです。しかも、それが受け継がれていて、親子三世代で活動する方もいて。今度、小学生発案の企画(清流線おりづるプロジェクト)も開催されます。僕よりも熱い皆さんには、驚かされてばかりです」と木村さん。

繋がっていたレール
小学校の卒業文集に書いた夢には、続きがありました。「総裁になって、赤字を黒字に変える」。これは、図らずも今の状況と重なります。
幼い頃から培った鉄道の知識、出版社で身に付けた観光に関する知識と地図制作の技術、それに、移住相談員として学んだ山口県の知識。どれも今の課題に役立つものばかり。まるで、こうなる事が分かっていたかのようです。
セカンドキャリアとして選んだ“鉄道のある街づくり”。木村さんは、地元愛あふれるこの地で、錦川鉄道と共に夢に向かって進みます。

錦町駅

錦川鉄道株式会社
山口県岩国市錦町広瀬7873-9